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平安京の表鬼門鎮座 方除・厄除の大社 神仏霊場 滋賀県17番

山王総本宮 日吉大社

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神猿(まさる)について

神猿(まさる)さんについて
神猿さんは魔除けの象徴

そもそも猿は全国に生息しておりますが、何故か古来より日吉といえば猿といわれ、いつの頃からか魔除けの象徴として大切に扱われるようになりました。「まさる」は「魔が去る」「勝る」に通じ、大変縁起のよいお猿さんです。

全国3,800社の分霊社と神猿

全国には「日吉神社」「日枝神社」また「山王神社」とよばれる日吉大社の神様の御霊(みたま)をお分けした「分霊社」が約3,800社ございます。それらは方除の神様として、武士がお城や屋敷を建てるにあたり分霊されました。また「山王」とは日吉の神様の別名で、天台宗・比叡山延暦寺の守護神としての性格を意味します。それを「山王信仰」といい、天台宗のお寺の広がりと共に日吉の神様がまつられました。こうして全国に分霊社が増えるに伴い、「日吉さんといえばお猿さん」といわれるほど、魔除けの神猿さんも広く知れ渡りました。

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境内の神猿さん
(1)猿塚(さるづか)

山王鳥居の立つ「総合の坂」の参道脇に、「猿塚」と呼ばれる大きな石組がございます。これは古墳の石室の蓋が露出したもので、境内には約70基もの古墳が確認されており、「日吉古墳群」として遺跡に指定されています。出土品から6世紀中頃から後半と推定されます。この古墳の穴は唐崎(日吉大社ゆかりの湖岸)まで通じていることや神様のお使いの神猿さんが年老いて自身の死期を悟ったときに、自ら猿塚の中へ入っていくという伝説がございます。 猿塚写真

(2)神猿舎(まさるしゃ)

神猿舎写真 猿は古く境内で飼われており、既に室町時代の記録にも登場します。江戸時代の絵図等には「猿飼所」「猿厩」が記されています。『日吉山王権現知新記』の記録では、神猿さんの食費として「一石(いっこく)」(大人一人が一年に食べる米の量)の予算(俸禄??)が当てられています。小さい体でも、一人前のお給料を貰っていたのですね。

(3)西本宮楼門 棟持猿(むなもちさる)

西本宮楼門神猿写真西本宮楼門神猿写真2 西本宮の楼門の軒下四隅には、それぞれ違ったポーズの神猿さんがお参りに訪れる方々を見守っています。

(4)西本宮楼門 蟇股(かえるまた)

西本宮楼門蟇股写真 「蟇股」と呼ばれる楼門二階部分の正面にも3匹の神猿さんが、松の木の上で遊ぶように楽しげな装飾が施されています。

(5)猿柿

猿柿写真 「マメガキ」という渋柿で、神猿さんが好んで食べることから、いつの頃からか「猿柿」と呼ばれるようになりました。実際には比叡山からお猿さんが降りてきて、柿の実を美味しそうに食べます。

(6)樹下宮 神輿(じゅげぐう みこし) 重要文化財(非公開)

樹下宮神輿写真 日吉大社にある7基のお神輿のうち、「樹下宮」のお神輿には、松の上で楽しく遊ぶ神猿さんの装飾が施されています。勇壮・荘厳なお神輿に神猿さんを描くところに、神猿さんを敬う(親しむ)古人の心が伺えます。

(7)猿の霊石

猿の霊石写真 東本宮参道の脇に霊石がございます。正面から見た凹凸(おうとつ)が、しゃがみこむお猿さんの形にそっくりなので、「猿の霊石」と呼ばれています。

(8)猿の馬場

奥宮への参道の名前です。

(9)「日吉山王垂迹神曼荼羅(すいじゃくしんまんだら)」の神猿(非公開)

日吉大社の「日吉山王垂迹神曼荼羅」の神猿写真神様を描いた江戸時代の掛け軸が残されており、そこには3匹の神猿さんが描かれています。

申の境内ポイントマップ 2 3 4 5 6 7 8

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申の授与品

神猿守 神猿守モデル写真

神猿守

800円

神猿みくじ 神猿みくじモデル写真

神猿みくじ

茶:300円 金:500円

神猿絵馬 神猿絵馬モデル写真

神猿絵馬

500円

開運鈴

開運鈴

500円

学業守

学業守

500円

子供守

子供守

500円

交通ステッカー

交通ステッカー

300円

神猿蒔絵守

神猿蒔絵守

500円

木彫神猿

木彫神猿

大:3000円 小:1500円

神猿土鈴

神猿土鈴

1000円

日吉大社と神猿(おさる) えとせとら

猿は動物の中で一番親しみのある愛嬌者で、猿廻しでの芸は、観るものを楽しませ喜びを感じさせてくれます。日吉大社と猿との因縁は深く且つ遠いものであり、その霊験につきまして様々な伝説や不思議な故事、吉凶禍福を示した事などが、古い書物に書き記されています。

其の一 京の都を守る神猿

京の都を守る神猿写真 ▲京都御所の鬼門にあたる猿が辻にある、魔除けの神猿 延暦13年(794)、都が平安京に遷都されました。このとき、京都の東北の鬼門に比叡山があり、鬼門の山があるのは地相が悪いと反対の声が上がりました。しかし、鬼門である比叡山にはすでに日吉大社と延暦寺があり、日吉大社の大神によって守られていることからこの問題は解決し、京都が都に選ばれました。

其の二 山王七猿の和歌

山王七猿の和歌写真 「七猿歌」は天禄4年(973)、第18代座主の慈恵大師良源が日吉山王権現に願文を捧げられたとき、権現の使いである猿に因んで「さる」を詠みこんで作られた7種の歌の処世訓です。天台教学の要諦である【諸法実相】、【三諦円融】内蔵した御歌といわれ、〈宇宙の道理の相〉を心を鎮めて観得することを念じて詠みこまれたものといえるでしょう。

一、つらつらと うき世の中を思うには
   まじらざるこそまさるなりけれ
二、見聞かでも いわでもかなわざるものを
   うき世の中にもまじるならいは
三、つれもなく いとわざるこそうかりけれ
   定めなき世を夢と見ながら
四、何事も 見ればこそげにむつかしや
   見ざるにまさることはあらじな
五、きけばこそ 望みもおこれはらもたて 聞かざるぞけにまさるなりけり
六、こころには なにわのことを思うとも 人のあしきにはいわざるぞよき
七、見ず聞かず いわざる三つのさるよりも 思わざるこそまさるなりけり

其の三 屋敷の守りの神猿さん

屋敷の守りの神猿さん写真 ▲旧小笠原伯爵邸の陶板(東京都新宿区) 京都御所だけでなく、武士も城や屋敷を建てるにあたり、建物の鬼門に神猿をおまつりしました。現在も旧小笠原邸やオーストラリア大使館(旧蜂須賀邸洋館)に残されています。

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其の四 日吉大社の神猿の伝説あれこれ

その1)
文永元年(1264)、延暦寺が神輿を繰り出して強訴(武装して朝廷に訴え出ること)に及ぶ際、僧兵が西本宮楼門東側の回廊に松明を持って登ったところ、大きな猿9匹が出てきてその松明を取り上げた、と延暦寺の公式記録『天台座主記』は伝えています。
その2)
天皇が病にかかると神猿も同じ病にかかるといわれ、江戸時代初期、後西天皇が疱瘡になったとき、神猿も疱瘡になり、天皇の身代わりになって死んだという話が伝えられています。
その3)
屋敷の守りの神猿さん写真 円山応挙の高弟、長沢芦雪が描いた親子(母子)の「猿図」の絵馬。寛政4年81792)に日吉大社へされましたが絵具の剥落が著しく、平成27年、成安造形大学に復元模写をお願いし、奉納当時の優美で絢爛な姿を再現して頂きました。

行事 今に伝わる猿楽(申楽)「能・狂言」

能写真 ▲能 大戸開神事にて 元旦 午前5時〜 狂言写真 ▲狂言 講員大祭にて 11月第2土曜日 明治になるまで、能と狂言を合わせて「猿楽(申楽)」と呼ばれていました。室町時代、近江猿楽の山階(やましな)・下坂・比叡の三座が猿楽を奉納していました。現在でも年に2回、能と狂言の奉納がございます。

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神猿ページ制作協力店

(1)衣装 ヴァレリー&ディレック
 滋賀県大津市中央2-1-13 電話:077-511-2589 URL:http://www.valerie-derek.com
(2)写真 Photo Image Works
 滋賀県大津市日吉台3-27-9 電話:070-6509-0802 URL:http://p-i-w.com
(3)美容(着付け、メイク)REGOLITH(レゴリス)
 滋賀県守山市欲賀町2032番地 電話:077-575-5499 URL:https://www.facebook.com/REGOLITHsiga/
(4)髪飾り(花)ichica
 滋賀県大津市一里山7-1-1フォレオ大津一里山1階中央入口 電話:077-572-8741
 URL:http://ichica-flower.com
(5)美容(ネイル、まつげ)PRENDRE(プランドール)
 京都府京都市東山区祇園縄手通白川上る弁財天町8一番館ビルB1 電話:075-533-0088
 URL:http://prendrekyoto.com/

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参拝時間:9:00 〜 16:30

入苑協賛料:大人300円 小人150円

団体 30名〜 270円(1名)

100名〜 220円(1名)

※10名以上の団体様には無料で境内案内をしております。
詳しくは お問い合わせ ください。

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